視線が刺す真意 柳
最近視線を感じる事が有る。
否、視線は常に感じていた。その視線の主も知っている。
入学当初から有った其れは振り向くと業とらしい程に逸らす様に相手の特定は直様出来た。
今感じている視線も主は同じだ。
其れが一週間前から変わった。暑苦しい視線は変わらず質量が高くなった。
一週間前に有った出来事から導き出される答えを俺は知っていた。
あの日俺は迂闊にも言ってしまった。
『御前を嫌いではない。寧ろ……』
御前の愚かさを知ってはいるが止めた言葉の先を読めぬ程の愚かさは期待出来ない。
其の後からだ。視線に熱量が増えたのは。
長い付き合いに成り気付けば御前が見ているのは慣れた。
其れが再び気になる程の熱量の先は俺の皮膚を滑る。
(御前も健康な男子中学生では有るからな。到底、そうは見えなくとも……)
戯れに舌を唇に滑らせれば視線が追う。
楽しくないとは言わないが此処は部室で皆が見ている。
御前の視線の先に気付かないのはジャッカル位の物だ。
好奇の視線は赤也と丸井。何事か企んでいる様な粘着きは仁王。
見ない振りを決め込んでいる柳生。
(御前が見世物に成るのは勝手だが俺を巻き込むな)
蹴倒し踏みつけても良いが其れも見世物には変わりない。
皆は暫く待てば帰るのが解っている。幸村不在の今、部室を出るのは御前が最後だ。
其の時で良い。
(確りと釘を刺さねばな)
帰りたくないと駄々を捏ねる赤也を引き摺り柳生と仁王が出たのを最後に音が止む。
気付けば部誌に筆を走らせていた手を止め此方を見ていた。
堂々たる男の視線で俺を見る。部員が居る時はコソコソしていたのが嘘の様だ。
「御前の行動が皆を浮つかせている。少しは考えろ。幸村不在の今、御前が部を乱して如何する」
冷たく言い放った後に背を向けバッグを背負いドアへと歩を進める。話す事は終りだ。
此処で長々説教をすれば逆に喜ばせる事を知っている。
特段怒っている訳では無いが此の態度を御前はそう取る。
説教の要点は押えた。此れで明日からは少しはマシに成っているだろう。
充分な釘≠ノ成った筈だ。
「お、俺が何をしたと言うのだ?部を乱す事は何もしとらん!」
言葉とバッグを掴む手に足を止めさせられた。
……全く気付いていなかったらしい。
御前の愚かさには何時も予想を覆される。
慌てて追い縋る様は見事に皇帝としての威厳が崩壊している。
常に俺の前では馬鹿な男に成り下がる。
其れが愛おしい等と戯けた話だ。
「こう言う事だ」
声が消えぬ内に胸倉を掴み引き寄せて唇を合わせた。
言葉で幾ら伝えても解らぬとしか思えない相手には行動有るのみ。
茫然と立ち尽くす御前に一つ頭を撫でる。
「御前が欲を含み俺を見る。其れが彼等を惑わす。そして部が乱れる。解るな?」
噛んで含めて言葉を切りながら綴る。此れでは子供相手と全く変わらない。
(此れで解らぬと言われたら如何するかな)
「解るが変えられん。気付けば目がお前を追うのだ」
顔を俯けたままの小さな返答は解らぬと言われたのと大差無い。
(困った男だな。形は中学生とは思えない程老けているのに)
では如何するか。
御前が心を移す等という不可能を待ってはいられない。
方法は二つ有る。
一つは至極単純だ。成功率も悪くないだろう。
目を合わせられぬ程に痛い目を見せれば良い。
だが覇気の無い皇帝に部は纏められない。
もう一つは行動に移し難い。
餌で釣るのは調教の基本だが、問題は其の餌が俺以外に無い事だ。
一つ溜息を付き俯く頭を壁に押し遣った。
強かに打ちつけた頭が鈍い音を響かせる。恐らく明日には瘤が出来ているだろう。
其の音には我関せずと痛みに顔を上げた御前に座るよう促す。
頭を擦りながらも素直に床に直接尻を付けた事を見届け足を伸ばさせる。
其の足を跨ぎ座り込み再び唇を合わせた。
「部活では自重しろ。其れが出来ぬとは言わせない。出来ねば二度の機会は無いぞ」
触れた口の隙間から言葉を落とし唇を抉じ開ける。
調教の基礎は餌への渇望からだ。飼い犬は餌の味を覚えれば其れを望む限り努力を怠らない。
肉厚の舌を絡め取り擦り付けた後、軽く口内を踊らせる。
口の端から伝った唾液を合図に口を離し顎から首筋を伝う流れを逆順に舐め取った。
「解ったな?自らの体に意識を集中させていれば無意識に目が追った等と言えないだろう?」
不気味に頬を染め潤んだ目を向けた侭ゆっくりと頷いたのを確かめ
着替えたばかりだった御前のシャツの釦を外す。
曝される肌には筋肉の躍動が生々しい。
「御前が自重出来るなら……褒美を吝嗇る様な真似はしない……」
呼吸に合わせ動く胸に唇を落とし其の心臓へと吐息で語り掛ける。
震える体に隙間無く体を寄せ耳元へ手を伸ばし擽る。
腰に回された腕にもう一方の手を添え促す様に蠢かせる。
(そろそろ止めた方が良いな。此れ以上は逆効果に成りかねない)
動かしていた手を共に頬へと移動させ軽く挟む。其の侭唇を寄せ下唇を啄む。
「此の続きには此処は相応しく無いな。此処は、俺達の戦場だ」
瞼をゆっくりと上げ目を合わせながら同意を求める。
腰に回された腕が外された事が理解を得られた証拠だ。
「……俺は、お前だけを欲している」
掠れながらも視線を逸らさずはっきりと告げられた欲望は何故か心地良い。
解っている。俺だけだという事等は疾うに承知の事実。
態度が言っていた。仕種が言っていた。
唯言葉で告げられたのは初めてかもしれない。
喜びが確かに全身を駆け巡り微かな震えを帯びさせている。
(確か、此の様な状況を終わっている≠ニ言うんだったか……)
御前の言葉に喜ぶ時点で確かに先は決まってしまっている。
俺だけでは無い。
御前も出会いより今に至る迄、否、此れより先ですらも俺しか見えぬ時点で先は決まった。
決まった未来は終着を得ている時点で終わっている≠フだろう。
唯其の終着は俺の望む未来と断言する事が出来るのだが。
無言の侭立ち上がり何時の間にか落としていたバッグを拾い肩に掛ける。
振り向かず、故に視線も遣らずドアへと進み手を掛ける。
ノブを回し暗く湿った気配の室内に光を入れ風を通す。
「帰るぞ。置いて行かれたくなければ早くしろ。……続きをしたいなら、な」
止めた足を進めながら口にすれば開いたドアから抜ける際に背後で騒々しい音が立つ。
告げた言葉に動揺したのが手に取る様に解る。慌てて仕度をしている様が見ずとも浮かぶ。
追い付くのを待つ様にゆっくりと歩く顔に自然と笑みが広がる。
(此れを与えたのは御前だ)
全てを裏切った罪悪感と大切な者を失った大きな喪失感に笑み等捨てたと思っていた。
其れを……。
御前の真っ直ぐな愚かさが俺を捕えた。俺に笑みを押し付けた。
「責任は取って貰うぞ。此の俺の先迄を全て、な」
呟きにも喜びが混じる。俺の先は終わっている≠ニしても彩りを持って広がっている。
背後から鬱陶しくも愛おしい気配が近付いていた。
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