欲と戯れの所在 2 柳
更に落とされた声に、二人の音を言葉と換えることもできず、時間ばかりが経っていくような錯覚を覚える。
「弦一郎、次の試合の策は二人だけで詰めるそうだ。帰るぞ」
声を掛けられ仁王の背を出れば、蓮二の手から柳生の手へと一本のビデオが渡されていた。恐らくはそれが正しい資料なのだろう。
柳生の肩を軽く叩き、招くように動かされた手へと頷きを返す。
だが、荷を取るためにロッカーへと進めようとした足は柳生の声に止まった。
「いえ、私たちが場所を変えます。実際に動きながらの方が都合がいいので。仁王くん、行きましょうか」
今日のミーティングはダブルス1の対策だった。俺と蓮二とで残されてどうしろと言うのか。蓮二の言うように俺たちが帰るのが妥当だろうと返す言葉を浮かべたが、口にする前に理由を告げられた。
頬に笑みを乗せた柳生が、滑らかな動きで荷を手にしながら仁王を促す。ぴよだかひよだかの雛の如き声を上げた仁王も柳生に続く。
「では、また明日」
体を外へと移し、扉を押さえながら会釈をする柳生は、正に紳士の名に相応しかった。小さく手を振りながら仁王がその扉を抜ける。
「わかっているだろうが、策は誤るな。お前たちの相手は、黄金ペアとまで冠された、あの二人になるはずだ。甘い相手ではないぞ」
「はい、十分に肝に銘じておきましょう。柳くんのデータに間違いはないと信じていますから。では、また明日の朝練で……あ、鍵を掛け忘れないようにお願いしますね」
扉が閉まろうとした瞬間の蓮二の忠告に、頷きと共に返された声は、言葉とは反して自信に満ちていた。仁王もまた、笑みに自らの力を信じる者の強さを含ませている。
頼もしいものだと目を細めて柳生と仁王を見やり、辞する言葉に「うむ」と頷きで返す。
だが、そこに重ねられた柳生の言葉には、首を傾げることになった。
部室の鍵は常に蓮二が管理していた。無論、一度たりとて掛け忘れたことなどない。当然ながら柳生もそれを知っているはずだった。
「わかっているさ」
口の端に小さな笑みを含ませた蓮二は、一言を返しながら扉に手を掛ける。
笑み返した柳生の姿が蓮二の手によって隠された。
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