祈りを孕んだ熱  柳


遅くなった俺の為に作られた特別メニューを終え、息も整わないままに部室の前に立った。
赤也と丸井の悪ふざけに対し、何と言い聞かせてやろうかと頭に言葉を巡らせながらも、手を上げず冷静に話さなければと一つ深く息を吸い込み、静かに戸を開いた。
その瞬間に耳に入った音の静なる情熱に動きが止まる。

「梶の葉に かきつくしても たのむかな
             あはれ一夜を 星にたぐへて――」

硬直した体がゆっくりと息を吐き動き出す。
一瞬、目の前を占めた竹の葉が言葉を発しているのかと、己の正気を疑った。
だが、そんな事がある筈もなく、部室の中程で数枚の紙を手にした蓮二を視界に捕らえた。
自惚れと思われようと、その歌の受け取り手は俺だとの確信を得て、思い出した歌を返す。

「世々たえぬ 星のちぎりに たぐへてよ
             一夜ばかりの 中はたのまじ……だろう?」

年に一夜の逢瀬であるとしても、永き年月を思い繋いだ二人。
彼等に倣いたいと望むのは傲慢だろうか。
口にした意味との思いの相違を、背を向けた蓮二へと体を寄せる事で伝える。
一瞬の震えの意味を如何にとれば良いのだろう。
反された体が弛緩したのは俺への信頼と取っても構わないのだろう?

「ああ、そうか……。視点の違いにも器の大きさは出てしまう物のようだ。
あはれ一夜を、ではないな。あはれ一生を、か。
彼の星や、彼の女史が望む如くに。御前が言葉とする如くにな」

俺の思いを汲み取り表情を緩めながらも僅かな自嘲を含んだ蓮二の言葉が、体を衝き動かした。
蓮二を捕らえた腕に思いを込めて胸に引き寄せる。

「相違はただの相違だ。器の大小ではなかろう。
俺は望んどるだけだ。一時ではなく、永き全ての御前をな」

相違に何の意味があろうか。互いの視点を合わせれば視野は広がるだろう?

全てを言葉にするには口が回らず、ただ蓮二の耳へと思いを告げる。
決して離さぬとの思いをも乗せて強めた拘束に、力の抜けた蓮二の体が応えをくれた。




帰宅の支度を済ませ、蓮二と二人で部室を後にした。
無言の中に満ちた互いへの希求が自然と足を蓮二の家へと向かわせた。
玄関先へと荷物を放り、案内のままに風呂へと入り、汗に濡れた体を流すのもそこそこに手を蓮二へと伸ばした。

性急に求めた指は蓮二の正直な熱源へと伸びる。
まだ柔らかく欲に溺れぬ熱に指を絡め、緩く揉み込むように手を動かした。

「……っ……げんッ……ァっ……」

途切れた言葉の端に聞こえた己の名。反響したそれは、抑制にはならなかった。
寧ろ、漏れた声に噛締めた唇と、上気した頬が俺の熱を高めていく。


硬さを増す熱に手の動きを握るように変える。
徐々に体の熱さに応え始めた滑りが指に絡んでいく。
それに合わせ力の抜けていく蓮二の体をタイルへと横たわらせる。
冷たさからか一瞬の震えが触れ合う肌に伝わった。
小さな接吻を落とせば、赤く色付く唇が薄く開き、熱を堪えるように長い息を細く吐き出す。
蓮二の所作の一つ一つに己の息は更に熱く速く変わり、狭い室内に響いていた。


「蓮二……」

熱塊の裏側で示された蓮二の限界に動きを速める。
握る力を強めた指を、放出される熱量を受け止めるべく最も熱を高めるだろう先へと滑らせた。

「……んッ………ァ……ッ――――――!!」

堪え切れず薄く開いた唇が、強く噛もうと閉じる寸前に左手の人差し指を潜り込ませた。
鋭い痛みを感じると同時に右掌に受けた迸りに僅かに体を震わせる。
指に絡むぬるりとした白濁。自らの手遊びに感じる罪悪感にも似た嫌悪が押し寄せる。
だが、吐き出された熱く長い息と俺の指を咥えたまま力を抜いた唇の赤さが一瞬の後には掻き消していた。
この手で熱くなったのは己の性ではなく蓮二の体。喜びが全てを凌駕した。
緊張から解放され弛緩した艶麗な姿に高めていた熱が限界を欲する。
蓮二が得られた快楽の証明が滴る指先を奥へと向かわせ、幾度か浅い谷間をなぞるように濡らした。
指に呼応し細い眉が顰められ、唇をその縦皺に寄せ舌を這わせる。

「辛いならば、言え……。言われねば、止まれん」

限界を見ているのは己の熱も同様だった。
蓮二は薄く染め上げた目元のままで、そんな俺へと視線を流す。

「告げた事は、なかったな……。
今まで、御前の言動を辛く感じた事などない。一度足りともな」

言葉が示した蓮二の大きさに常より熱く感じる体を掻き抱いた。
口の端を軽く上げ言い切った際の瞳の強さが全て真実だと告げていた。

俺は思うままに突き進んできた。
自らが冠した勝利の為と、時に声を荒げ時に拳を振り上げた。
希求する思いが高まり、堪えきれぬ己の欲望に蓮二を組み敷いている。

一度だとて振り返らず突き進んだ全てを包み込むと告げる蓮二に、熱く迸る物を瞼を閉じて押さえる。
蓮二はその存在で、強く在る事が全てだと信じてきた俺を変えていく。
だが、御前の前では強く在りたいと望もう。

「ならば、俺は俺で在ろう。何者でもなく、真田弦一郎で在ろう。
自らを偽る真似だけはせん。決して、今の言葉を悔やませはしないと誓おう」

背に回した腕の力を抜き体を起こす。俺を見つめる強く美しい瞳を捉え、心を告げる。
体の脇へと投げ出されたままの右腕を持ち上げ、俺の隣でラケットを握り続けるだろう指を押し頂き、唇を寄せた。


呼吸を整えた蓮二が俺の腕を緩やかに一度外し、自らの意思で取り直しながら体を起こす。
そのまま俺の指と蓮二の指とを絡めさせながら、その唇へと導いた。

「ならば、俺は見届けよう。真田弦一郎の生き様を。俺もまた、俺で在り続けながら、な」

強き言葉が耳へ、強き瞳が目へと快楽を与える。
そして、暖かな一瞬の痺れが指先から全身を駆けて行った。

音を立て俺の指へと小さな接吻を落とした蓮二は、凛々とした笑みを浮かべ絡めていた指を引く。
導かれるままに蓮二へと体を傾かせながら、再び蓮二への希求の熱を走らせた。




翌日の朝練で頭を下げる丸井と赤也には『部内安全、無病息災』と書かれた一つの短冊を渡したが、蓮二との連名に僅かな頬の熱さを自覚し帽子を深く被り直すことになった。





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