裏に潜む対等2  柳


体が軋む。腰の奥から広がる鈍痛が全身に倦怠感を纏わり付かせる。
其れを振り払い、皺を強く刻む汚れたシーツの上で上体を起した。
動いた反動は酷かった。
倒れ込みたがる体を宥める為に強くシーツを掴み、更に皺を増やした。
有らぬ所に感じる千の針刺す鋭い痛み。
事実挿された物を思えば、安穏と惰眠を貪る隣人の理不尽さに腹も立つ。
緩んだ頬を抓り上げ、赤く跡が残った其の上に掌を宛がう。
眉を顰めるが起きる気配はない。
掌をゆっくりと撫でる様に動かし、軽く叩いてみた。

「…ぅ………れん、じ……」

眉を解き笑みすらも浮かべ、開く唇が落とすのは俺の名。
有り得ぬ程に幸せを顔に浮かべる様は怒る気力も削ぐ。

(解らない。何故、こうも俺を思うのか。否、其れよりも……俺は何故、其れを嬉しく思うのか)

弦一郎は好きだが愛だの恋だのではない。
だが、同性間で体を繋げる事までの予測があった。
弦一郎の思いは知っている。俺への欲情を含んでいる事もだ。
事に及ぶ為の準備は勿論、知識を得ようと考える事すらも頭にない男だとも知っていた。
俺は其れを許容した。だからこそ全てを俺が用意した。女役に敢えて甘んじた。
無論、弦一郎相手にそういう意味での欲望を感じなかった事もある。
だが、此れは何だ?
俺は許容したに過ぎなかった筈だ。
好きは飽くまでも好意に過ぎず、ただ受け入れたに過ぎなかった筈だ。
体の快楽は確かにあったが痛みを超える物ではなかった。
プライドは軋みを上げ続ける事を堪える物でしかなかった。
だが、俺の名を囁き続ける弦一郎の声が感情を変質させていった。
体より熱くなった心の熱が、痛みも矜持も凌駕した。
許容は容認へと変わり、伝わる思いが俺を包み込んだ時には望むまでに至った。
此れは何だ?思いの名が解らない。データにある思いの名に合致しない。
隣で何も知らずに眠る、もう一方の当事者には解るのだろうか。
本能の発達した、己の心を欺かない直情な猪には解るのだろうか。

だが今は長々と悩む暇も問いを重ねる暇もない。視界で蛍光の文字盤が時間を告げる。
長く感じた熱い時間は思うよりも短かったようだ。
家に灯りが点けられるのも遠くはない。其の前に俺が点けなければならない。
考えるのは一人になってからで良い。
動けば痛む体を堪え、落とされた服を身に着ける。

「起きろ!時間がない。起きて早く服を着ろ」

高く一声掛け、軽く頭を叩く。
寝惚けた侭、今だ幸せな顔を崩さない弦一郎の体に残った服を放った。




此れが何でも構わない。
俺は変わらず、思いに溺れる事もしない。
勝てない相手とは元より解っている。
だが、決して変わらない。
俺は常に御前の上を追う。先を指し示す導となる。


永遠と言う時を掛けても、御前を超えてみせる。





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