裏に潜む対等  柳


隣を歩く息の切れた姿が笑みを誘う。
必死と顔に描き追って来る様は明らかに可愛い。誰にも同意を得られはしないだろうが。


(フッ、赤也あたりならば逃げ出すかも知れないな)


愚かしさに誘われる笑みが体を熱く変える。だが其れを悟られるのは気に入らない。
足を速め先に立つ。置いて行かれまいと同時に傍らの足音も速まる。


問題は何処へ向かうかだ。
出来れば体を流す場が欲しい。俺は兎も角、先ず御前は汗を流せ。
柔らかく受け止める物は必要不可欠。
体を痛めるのが俺で無いのならば関係無いがそうも行かない。
条件を満たす場は何処にあるだろうか。
当然ホテル等は論外だ。
学生の身である事も理由の一つだが、何より俺が何と無く気に入らない。
明らかな目的が嫌なのか、誰かに見咎められる事を考えてなのかは解らない。
唯漠然と嫌だ。
其れで何処ならば良いのかとなると選択肢が非常に少なくなる。
俺の家か御前の家だ。
そして選択肢は一つに絞られる。


(御前の家で等冗談じゃない)


結局足が向かうのは必然的に俺の家になった。




都合が良いと言うべきなのか、テーブルに乗った一枚の紙が親の留守を告げる。
姉は出掛けにコンパとやらで遅くなると言っていた。
この家に現在の人口は二名。否、当分と言うべきか。

「先ずはシャワーを浴びて来い。風呂場は其方だ。着替えは用意して置く」

指を先へ向けた後は振り返らずに自室へ向かった。
背後の気配は正しく風呂場へと移動している。着替えは俺の物で充分間に合うだろう。
階段を上がり部屋の引出しから着替えを持って風呂場へと向かう。
其処には裸で茫然と立ち竦む姿が有った。

「何をしている。まさかシャワーを使えないとは言わないだろうな」

子供では無いのだからとは続けずに視線を向ければ手に握った何かが見えた。
無骨な手には不似合いの黄色い家鴨の模様が覗く。姉が買ってきた体を洗うタオルだ。
其れが如何したのかと顔を見遣れば茹蛸も敵わぬ程に赤く染めている。

「其れが如何かしたのか?」

微動だにしない体に活を入れるべく肩を小突く。
漸く気付いた様に振り返り口をパクパク開閉させる様は腹話術の人形の様だ。

「其れが如何かしたのかと、聞いているんだ」

今度は動き続ける等と忙しい奴だと顎を掴み再び問いを聞かせる。

「い、否、何も考えて等居らん!」

解り易過ぎる返答に微かな頭痛を覚える。
何かを考えて居たらしい。
其れも言えぬとあらば何を考えていたか等言ったも同然。
疚しい何かを考えて居たと言う事だ。
寧ろお前が何故其れに気付けぬのかが解らない。

「そうか。ならばさっさと入れ。着替えは此処に置くぞ」

持っていた服を脇の棚へと置きその上にバスタオルを乗せる。
如何も気分が逸れた気がする。先程感じた熱さは体から心へと移った。
愚かで解り易い可愛い男。行動も思考も曝け出した一途な男。
解らないのは其の余りの愚かしさの故と愚鈍な程の直情を可愛いと思う俺だ。
今一つは御前が向ける情の其の対象が俺で有る事だ。

何を言える訳でも無く其の侭風呂場を後にし自室へと戻った。




自室に茶器を用意し読み掛けだったテニス雑誌を広げる。
既に気分は逸れた。
茶を飲ませテニスの話題で場を濁し帰らせる心積もりで居る。
賢さとは程遠い男だ。
話題をテニスに終始させれば時を忘れる事は目に見えている。

暫くの時を経て小さなノックの音が部屋に響いた。
今更礼儀を気取る事も有るまいにと思いながらもドアを開け部屋へと道を開ける。


此れは反則だ。

部屋に入り込むなり体を引き寄せられた。器用にもドアを後手で閉めながらだ。
シャワーを浴び熱さを増した弦一郎の身体が俺に情熱を注ぐ。
迂闊にもドアを開けた時に隙を作っていた。だが此の行動を予測する事等出来る筈が無い。


(まさか此れを狙っていたのか?ならば御前の評価を少し変えなくてはな)


考えに沈み過ぎた。迂闊の二乗だ。
気付けば顎を取られ見詰めてくる視線に不覚にも揺れた。

「蓮二……」

息を吹き込む様な声音に唇が熱を持つ。熱く重ねられた其れが全身を震わせる。
先程の経験を直様自らに取り入れるのは流石と言うべきか。
口内で舌を絡められ吸われる。互いの隙間から伝い合う物が口の端に溜まる。
無理矢理喉を通るのは気分が良くない。
相手の口内へと押し返せば喉が鳴った音がした。妙な羞恥に頬が熱い。
吸気を求め腕で熱い身体を押し返す。離された唇を繋ぐ糸が光るのも羞恥を誘う。

「行き成りとは無粋にも程が有る。少しは気を回せ」

無理な注文を吐き出しベッドへと足を向ける。気が逸れていた体は今の接吻で熱を持った。
腰掛けたベッドがギシリと鳴った音に此れに気付くのは次が今日最後だろうと感じる。
御前が乗って来た音を最後に思考を御前で埋め尽くす哀れな娼婦へと堕ちる。
否、俺は常に御前の上を行こう。御前に勝てる物等此の頭しか無い。
知識は充分に有る。御前のデータも同様だ。決して御前に堕とさせはしない。

決意を込め左手でシャツのボタンを一つ外し右手を差伸べて見せた。





秘する言葉の理由

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