不公正なる命の天秤


頭上を流れる雲を仰ぐように無造作な動きで喉を晒す。
それが信頼によるものだというのなら、愚かだとしか言い様がない。

「じゃあ、外すよ」

冷ややかになりたがる声を抑え、呟くように篭らせる。
小さく震えている相手への嘲笑は胸の奥に隠し、指を彼の首に巻かれた金属へと伸ばす。
親指と人差し指で抓んでいるのは、途中の民家で見つけた針金だ。
錆びの浮く、使い古しのもの。
カーテンレールの外れた螺子の代わりにしていたようだ。
その針金は螺旋を描くように捻り、強度が増すように加工してある。
金属の触れ合う、微かな耳障り。
僅かな空間に狙いをつけ、差し込んでいく。
0.1o、0.2oと、少しずつ深く。
それが目測1.3oに達した瞬間……

カチリと、小さな音がした。


爆発音は、指を首から離した瞬間に起きた。
呆けたような顔をしたまま、彼の首が大きく項垂れる。ありえない程に大きく。
そして、俺に向かって倒れてきた。
右に二歩分、移動。抱き留めるつもりはない。

ドサリと音を立て、横たわる体。
首の後ろがささくれ立つように爆ぜている。
倒れたときに解けたバンダナが、突然の強風に攫われていった。



首輪の残骸を集めながら、脳内のデータを幾つか変更する。
思っていたほどの威力はない。傷の状況から、火薬は後部に集中させているようだ。
内側には薄い線があるだけだが、外側にはそれとプラスして小さなスピーカーがついている。そのスピーカーの隙間からのアタックは難しいようだ。1.3oほど差し込んだ瞬間に小さくカチリと音がしたということは、そこに起爆装置かそれに準ずるものがあると見ていいだろう。

バッグを開き、被せていた小間物を退ける。目当てのものは、すぐに出てきた。
右手の指先が痛みを発している。
取り出すときにバッグの生地に擦れたからだ。
その火傷を舐めながら、手付かずの首輪を左手で弄ぶ。


「今回はうまくいったようだけど、もう少し煮詰めていく必要はあるね。さて、次は誰にしようか」


独り言は聞かせるために。
首輪の構造を調べていることは気付かれているだろう。だが、そのデータは殺傷に必要な武器としてなのだとカモフラージュをしてきた。



次は、外装のラインだな。
それがダメなら、内側からになる。
傷を付けたくはないから、外側から攻略できることを祈るよ。



「やっぱり、もう一つ首輪が欲しいな」


偶然にも初日に一人目の犠牲者を見つけたが、そうそう都合良くはいかない。
放送で死体の場所を言ってくれればと何度思ったことか。
内部構造を調べるには分解方法を探すのが先になる。手持ちが一つである以上、分解方法を見つけてからでなければ手を付けられない。

(まったく、一つの命の代価なのに随分と高値をつけてくれるな)


一人に一人だというならば、自分を差し出すだけの覚悟はあった。
最初から叶わないのであれば、僅かな一時で満足を得られただろう。
だが、希望は残酷な形で目の前にぶら下げられた。

一人の命の代価は、三十八の命。
ただ、それではその一人になることを拒否されてしまう。俺のデータがそう告げている。
希望を歪められ、他の手段を模索した。
結論は、脱出。問題は山積みだ。首輪に逃走の足、そして成功後の生活。
逃走の足はある。ボートと救命胴衣が使えることは確認済みだ。
成功後の生活の保障には、何等かの交渉が必要になる。
幾つかの補強の提示。
何も持たない俺が出せるのはそのぐらいしかない。

首輪とプログラムの隙は見つけた。
あと、できれば監視システムの把握がしたいところだ。
材料はあまりにも少ない。豪華なディナーは作れないだろう。


(一人分の枠だけでいい。優勝という拒絶の枠でさえなかったら。
どれほどの高額でも、代価を払う意思はあるんだ)


それが友人たちの命でも、家族の命でも。
そして、未来の子供たちの絶望でも。



歩き始めると、脛に微かな痛みが走った。
足を止め、視線を向けると小さな紅い流れがあった。

首輪の欠片が掠めた傷。


命を奪われた彼からの最期の非難か。
何と言われようと構わない。どんな痛みも甘んじて受けよう。
俺は壊れているから。
ただ一つの命のために、自ら壊れたから。


「次は、お前のところに行こうか。なあ、海堂?」

心を掛けた後輩の首を手にすれば、もっと壊れることができるだろう。
再び歩き出した足を止めるモノは、もう何もなかった。
既に、目の前で倒れた者の名前を思い出すこともできない。


さあ、自分を見つめる正気のカケラを粉々に。






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