詐欺師の信実



最初に見掛けたのは木々の隙間だった。
良くもあの保護色を見つけられた物だと自分の事ながら感心した。
僅かに眼鏡が光を反射した瞬間が俺に教えてくれた。
行き成り放り込まれた殺戮の舞台をあっさり信じられる筈が無い。
だから声を掛けるのを躊躇う理由も無かった。
声を掛ける為に近付いた足を強制的に止めた物さえ無ければ今の状況は無かったかもしれない。


悠然と歩く柳生に向けられた殺意と言う名の光る刃。


それを見た瞬間に全てが消えた。
体が無意識に動くと言う貴重な経験を痛みが吹き飛ばす。
咄嗟に出たのが利き腕では無くて良かったとだけ頭を過る。
見てもいなかったバッグの中を手探りで漁り掴んだ物が行く先を決めた。
黒く光る狂気の発露。映画で見た知識は勝手にセイフティを外す。
心を占めたのは一つだった。


(アイツは誰にも渡さん)


向けた殺意の代償をその身に受けさせた後に気付けば姿を見失っていた。



その後折れた小枝と踏締められた草を頼りに探しあて隠れたままに後を付けた。



出合った者は全て屠った。
それが唯一人のアイツを生かす蜘蛛の糸だとそれだけを考え動き続けた。
丸井を手に掛け銃を奪い、近付いてきたジャッカルも撃った。
氷帝の芥川は柳生へ銃口を向けた瞬間を狙った。武器は段々と揃っていった。

血塗れの手が狂気を叫ぶ。流れる命が思いを叫ぶ。
後何人いるのかすら解らない。
止血だけでもして置けば良かった。そんな事にも気が回らなかった。


既に遅い。流れ過ぎた血は力を奪っている。
これ以上の殺戮を繰り返すだけの力を。


(なら、するコトは一つしかなかね)





見続けてきた相手へと近付き繁みを揺らす。
振り返った視線は紅い流れを作る腕に向けられた。

「貴方ともあろう人が随分な油断をしたようですね」

普段と変わらない声と視線を流し真っ直ぐに見つめてくる瞳が酷く安堵を誘う。

「相手が相手じゃったけんね」


(そう、狙われた相手がお前じゃったけん、何も出来んとよ)


言葉を惜しめば思い通りの思考に向かわせられる。
詐欺の常套手段。何時でもお前は騙されていた。

「余程の相手だったと言う事ですね」

答えに息を吸い込む動作が思いを伝えている事に何故気付かないのか。
言葉に銃口を乗せ合った視線に感じる狂気。

「私も光栄な相手となれるでしょうか?」

続く言葉に笑みを乗せ深める狂気。

俺を殺せる光栄なのか俺の手に掛かる光栄なのかは敢えて言わないのか。
二通りの意味を持った言葉にお前の望みは見えた。見えてしまった。


(なら、俺に出来る事は望み通りにするしかないんよ)


誰よりも信じられない俺を何時までも信じるお前が愛おしい。


向けた凶器と狂気に返すのは凶器と真摯しかない。
震える腕を抑え付け引き金を一度引いた。



島に響いた音も一度だけだった。






倒れるお前から眼鏡が飛んだ。
足元へ来た眼鏡を掛け髪を軽く整える。

「ワタシの考えを読めるのはアナタだけでした。そして、アナタの考えを読めるのも……」

ゆっくりと近付き膝を付く。
淑女に向かう紳士の様にそっと手を取りその手に捧げるくちづけ。

「ですが、少々卑怯だったのではありませんか?……それは、俺の役じゃなか?」

外した眼鏡を再び掛けさせその手に握る似合わない物を取上げ放る。
似合う訳が無い。お前の意思の下、一度も使われる事の無かった凶器だ。
左手を持ち上げ俺の唯一人の命を奪った物を左胸に宛がった。



再び命を奪う響きが島を駆けた。





涙の名前

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