走る事で証す信頼



逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ……


銃声が追って来ていた。背後から頬を掠めて木に黒い穴を開けたのを見た。
流れる赤が叫ぶ。狙いは俺に決まっている。





最初にこれが現実だと認めたのは連れて来られて3日目だった。
血塗れで転がってた神尾の光のねぇ目が閉じる事もできねぇんだと気付いた時だ。
手からも足からも流れていただろう赤は黒さを含んで乾いていた。
神尾の手には映画で見るような日本刀が握られていた。

それでも信じてた。
俺たちは、いや、部長とアンタだけは絶対こんなゲームになんか乗る筈がねぇ。


信じてたんだ。





走り続けた所為で息が切れる。足がガクガクと震える。


(でも、止まれねぇ。俺は今の先輩には会いたくねぇ)


手に取った銃を離せない。今追いつかれたら撃つだろう。
撃つ理由は恐怖だ。
殺される恐怖じゃない。殺す恐怖じゃない。
先輩が人を殺す恐怖だ。それを認める恐怖だ。


(俺は絶対に殺される訳にはいかねぇ。アンタにだけは!)


近寄り難いらしいのは知っていた。後輩は怯えたし同級生も一歩離れる。
桃城ぐらいだ。まともにケンカできたのは。
その桃城の名前を聞いたのは目を覚ましたその日だった。
同時に呼ばれた名前は俺が結局まだ勝ってねぇ後輩。


小さな石に足を取られ踏鞴を踏む。それでも止まれない。
体勢を立て直し再び走る。


こんな事は誰にも言えねぇけど部長は俺と似てた。それでも独りで立ってた。
憧れたけど俺も近寄れなかった。他のヤツラと同じだった。
部長の名前はまだ聞いてない。


他の先輩たちも呼ばれてない。




息が切れる。心臓が激しく打っている。
このまま破裂するかもしれない。それでも走る。


アンタだけが俺を子供にした。
俺を認めてそれでも子供にしてくれる手が気持ち良かった。
俺を対等な子供にしてくれるアンタは信じられた。だから付いていくと決めた。

いつか越えて俺が前を走ってやる。


そう誓った。




そのアンタが今追ってくる。


(俺は止まれねぇ。信じたいから止まれねぇんだ)




「海堂!止まれ!これ以上は走るな!」

風を切る音と心臓の音だけが聞こえていた耳に絶対の力で入ってきた音。
聞こえた声にいつものアンタを見付けた気がした。

止まっても良いのか?アンタを見る俺の目が変わる事はないのか?

「俺が、お前を裏切る事は、無い!」

再度聞こえた声に信じられる響きを受取る。
だが足を止め振り返ろうとした時には遅かった。


限界はそこにあった。


体から力が抜ける。
激しく打つ太鼓の震え。耳に直接押し付けられているかのようにがなる。
抱きとめられた体は異常に冷え回された腕が熱い。

この手を信じてた。
でも、信じてなかった。


硝子越しの目が俺の馬鹿さ加減を映して揺れていた。


アンタがそんなヤツじゃねぇって事は最初からわかってた事じゃねぇか。

俺は馬鹿だ。
疑った。

絶対ありえねぇ事だったのに。




遠くなる意識と聞こえなくなる鼓動。あんなにウルサかった音が聞こえない。

伝えなくちゃいけねぇんだ。
たった一つだけ。

もう、二度とアンタを疑わねぇから。
何があっても……


「信じるから、アンタだけは……」



伝えた安堵に瞼が落ちた。





思いが走る理由

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