7日目



闇の中で目を覚ます。
疲れもピークに達している筈だが焦燥感が瞼を開けさせる。
海から射す微かな光が俺の周囲を取り巻いた紅く濁った闇を更に濃く心に広げる。

残り11名。恐らくはだが。
此処にいる者が関東圏数校のレギュラーだという事は貴方が教えてくれた。
俺が死を見届けた者と貴方の声が呼んだ者。
16人目の芥川で半数だというならば31名か32名の者が此処に集められたという事だ。
呼ばれた校名は青学と不動峰、氷帝と立海の4校。レギュラーは8名。
関東ベスト3と特別枠という事か。
不動峰は7名だった。
5名を聞いた氷帝レギュラーは跡部と忍足と樺地が呼ばれていない。
立海は関東大会のD2の二人の名だけが響いた。
恐らくD1の二人と真田たち三強は選ばれているだろう。切原も選ばれているかもしれない。
敢えてレギュラーと貴方が言ったのだから。
そして、7を見たトリコロール。俺を入れて8人。だが、此処に大石がいない可能性は極僅かだ。
此れで32名。20の響いた名前。
此れから手を掛けなければならない者は11人残っている筈だ。いや……12でなければならない。

考えに沈みこむ内に辺りは緑を薄く煌めかせていた。
体を起こし太い枝に手を掛け軽い衝撃と共に地へと下り立つ。
食糧と人影を求め木々の保護から抜ける方向へと足を向けた。


島の中心に位置する校舎を避け海に近い家へと歩く。
視界を遮っていた木々の枝葉が重ねていた其れを徐々に剥がしていく。
射し込む光が強くなり、視界が僅かに滲んだ。
向かう先に待つ者が誰であっても行動は変わらない。
平地へと出る前にズボンに挟んでいた銃を抜き取りバッグから同型の銃を選び出す。
弾を移し変え、空にした銃をバッグへと戻した。
バッグから手を出す際に触れた最初の武器に左肘が熱さを思い起こす。
そのまま其れを取り出し胸へと押し付けた。

(信頼からなる強い思いの後継、共に追う夢の鮮やかな輝き、思い続ける強靭な姿勢……
孤独という名の牢獄から救い出した手……。
ですが、此れが貴方から与えられた最初で最後の形ある物です)

思い飛ばす先には青学旗が翻り、貴方と出会った春が優しい木漏れ日を降り注ぐ。
其処には貴方と俺と……皆がいた。
ハッと何時の間にか俯いていた顔を上げ、胸に抱いた銃をバッグへとしまう。
唯一つを選ぶ事で切り捨てた全てを思い起こせば先へと進む事はできない。
俺は行かなければならない。たとえ其れが穢れた紅き闇との道行であったとしても。
俺は、其処へこそ行きたい。


見えてきた家屋のドアに僅かな隙間を見つけた。
最初の民家で気付いた事がある。この島の住民は此処を離れて久しい。
そして、家財を置いて出て行った事実は事の急を表している。
海に近い家人が扉を閉める際に確認を怠る事は考えられない。
染み込んでいく癖は慌てた時こそ出るだろう。
ならば、結論は出る。家人以外の者が足を踏み入れたのだ。
姿勢を低く保ち、息を潜めながら裏手へと回る。
小さな建物だ。窓の数も多くはなく人影を見つけることは容易だった。

「……俺は跡部とちゃう言うてるやろ!」

その窓へと近付き手を窓枠へと掛けた瞬間に窓に触れた指先すらも震わす程の声が聞こえた。
様子を窺い僅かに体を起こす。
叫んだ当人は顔を紅潮させながら頭半程上にある目線の相手の胸倉へと掴み掛かっていた。
問題は掴まれた相手が片手に持った黒い凶器。俺が持つ其れとは明らかに大きさが違う。
室内へと侵入していたら恐らくは……。
引き金に掛けている指と掴み掛かる相手へと見せる視線が教えている。
自らの身で威力を測る気には到底なれない。

先の姿勢を保ったままに動きを決めかねている。
話す声が小さいのか漏れ聞こえる言葉もあれ以降はない。
それでも聞こえる声が、言葉がある。
貴方の『待っています』が頭の中で響いている。
響く声に熱くなる左肘に促されるままにバッグから一つ残った果実をそっと手にした。



歩く速度を僅かに落とし振り返る事で行く方向を確認する。
激しく立ち上っていた炎は既になく、煙も薄赤い雲と同化を始めていた。
方向があっている事を確認した目はすぐに前を向き、足も速度を戻す。
向かう先は海際にある筈のもう一軒の家屋だ。まだ食糧の調達が出来ていない。
だが、目指す家屋が見える前に一瞬射した光が再び足を緩めさせた。
進めていた足の向きを海とは逆の光が射した方向へと変える。
この広い島で優先すべきは人を探す事だ。
残る彼等に出会えぬままに唯朽ち果てる事はできない。
それは貴方へと続く道を示さないのだから。
彼等を手に掛けた、そして、手に掛け続ける唯一つの理由を捨てる事等できる筈がない。

できるならば、俺は青い空と緑の木々以外のこの島を知る事はなかった。
できるならば、俺は貴方から与えられた最初で最後の形ある物だけを知っただろう。

だが、俺には選択肢が一つしかなかった。
唯一つの欲望に囚われ続ける俺には昏く沈む紅い闇の中を進み続ける以外に選べる道はなかった。



見えた先には確かに人がいた。
既に動く事のない二つのオレンジ色が横たわっている。
射した光は一方が掛けた眼鏡のレンズの反射だったのだろう。
薄らと笑みすら浮かべた二人の手は僅かに届いていなかった。
目の前の光景に重ねる影は俺と……。
いや、其れは捨てた物にあった感情だ。感傷も同胞への情も捨てた筈だ。
此れは家屋へと向かう手間を省いてくれたささやかな礼にすぎない。
湧き上がる思いを振り切り自らの手で幕を下ろしただろう銀の共犯者の体を動かし手を重ねた。



遮る緑の濃い視界へと戻る足が躊躇いを刷いていた。
切り捨てた物が喉奥まで迫り上がる気配を体中が感じ、恐れていた。
手に掛けた者もそうでない者も全ては俺のエゴの犠牲となっている。
唯一つの欲望である、何と引き換えてもと望む願い。
それを叶える為には、求める物は紅く染まる大地と永遠の静寂でしかない。

それでも、彼等への悼みが体へと積もっていく。
それでも、認めてはならない感情が体へと染み込んでいく。



『みなさん、こんばんは。早速ですが、今日の死亡者を放送します。
氷帝学園三年、忍足侑士君、氷帝学園二年、樺地崇弘君、
立海大附属三年、柳生比呂士君、立海大附属三年、仁王雅治君の4名です。

ボクはココにいます。必ず来ると信じています。待っていますから』



まだ十日と経ってはいないと言うのに、懐かしく思える本来の貴方の言葉。
その話し方が僅かな本心を見せていた。
その言葉を誰に向けた物なのかを疑いはしない。
唯一人、貴方だけが俺を導く。俺は貴方だけについていく。
降り積もる悼みを振り払い、染み込んだ感情を拭い去るのも貴方だ。

「俺が貴方に会える資格を手に入れるまで待っていて下さい。必ず、貴方の下へ行きます」

紅黒く染まった心を引き摺りながら暗く沈んだ闇の中を残る人影を求め歩いた。



【忍足侑士、樺地崇弘、柳生比呂士、仁王雅治死亡】






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